Beyond Species ~生物種を超えて~

更新日:2月14日

2022.2.7



本日2022年2月7日に犬の前立腺癌に対する新しい免疫療法を確立した論文がJournal for ImmunoTherapy of Cancer誌に掲載されました!







論文のリンクはこちら


東京大学のプレスリリースは日本語版がこちら、英語版がこちらになります(それぞれの言語でわかりやすく説明しています)。


国内外のいくつかのニュースサイトにも取り上げていただけました(, , , , )。




今回の論文は、2015年から基礎的な実験を開始し、2016年から2021年まで実施していた「犬の前立腺癌に対するモガムリズマブの臨床試験」の結果をすべてまとめたものです。



僕が進めている研究プロジェクトの柱のひとつである「CLEAR project」の集大成となる論文です。



また、僕の提唱する研究スタイルである「Beyond species」を実践し、犬とヒトの前立腺癌で生物種を超えた共通のメカニズムを明らかにすることができたはじめての論文でもあります。




研究構想から8年、ようやく論文の公開までたどり着くことができました。





論文がアクセプトされるまでの道のりはとても長かったです。最初に論文投稿を開始してから論文がアクセプトされるまでに1年弱かかりました、、



自分の今持っているデータをすべて盛り込んだ渾身の論文だったので、インパクトファクターが10を超えるジャーナルになんとか通したい!という強い意志がありました。




でもやっぱりインパクトファクター10の壁は予想以上に高く、連敗に次ぐ連敗。リジェクトに次ぐリジェクト。合計9回のリジェクトは、自分史上最多です。笑


今回の論文がアクセプトされるまでの過程(投稿先)は以下の通り。

Sci Transl Med✖ → Sci Adv✖ → Nature✖ → Nature Cancer✖ → Nature Commun✖ → JCI✖ → Clin Cancer Res✖ → Cancer Immunol Res✖ → Cancer Res✖ → JITC◎


10回目の投稿でようやくアクセプトを勝ち取れました。我ながらあきらめずによく粘ったと今回は自分で自分をほめたいです(有森裕子選手のように、、って若い方には伝わりませんかね)。





計9回のリジェクトを受けましたが、その多くはエディターキックで査読にすらまわらない状態。


査読にまわってコメントを受け取っても、エディターの判断でリジェクトにされました。




正直、心が折れかけましたが、なんとか正気を保ちながら投稿を続けました。




最初から苦戦することは織り込み済みだったので、今回はじめてbioRxivにプレプリントを出していたのですが、それが心の安定に一役買ってくれました。

※チャレンジ論文を出す際にはプレプリントはぜったいオススメです!




リジェクトされた場合も、レビューアーからいただいたコメントはその都度修正してから次のジャーナルに投稿する、ということを徹底したことも結果的によかったと思っています。


リジェクトをうまくバネにして論文の質を磨くことができました。





自分の中では、本当に大きなマイルストーンとなる論文です。これを世に出せたことは本当に感慨深いです。







…と、苦労話はここまでにして、論文の内容紹介を書いていこうと思います。



以下に今回の論文の重要な点をまとめます。


腫瘍組織に制御性T細胞が浸潤することで予後が悪くなる

制御性T細胞(Regulatory T cells:Treg)はリンパ球と呼ばれる免疫細胞の一種ですが、免疫を抑制する少し特殊な細胞です。


免疫細胞は通常「敵」を認識すると、活性化して攻撃することで「敵」を倒します。

この「敵」には細菌やウイルス、腫瘍細胞などが含まれます。


一方、変わり者のTregは活性化した免疫細胞を抑えるというはたらきをします。

つまり活性化した免疫のブレーキという大切な役割をしてくれているというわけです。

ブレーキ役の細胞がいないと、「敵」を倒していなくなっても免疫細胞はいつまでも攻撃を止めることができずに、周囲を傷つけてしまいます(リウマチなどの自己免疫疾患がその典型例です)。


このように僕たちが生きていくうえでとても重要な免疫のブレーキという役割を担っているTregですが、「敵」である腫瘍細胞はこのTregを利用した賢い戦略を取ってきます。

それはTregを自分(腫瘍細胞)の周りに呼び寄せるという作戦。そうすることで腫瘍細胞を攻撃しようとやってきた免疫細胞がTregによって抑制されてしまい、「敵」であるはずの腫瘍細胞がまだ生き残っているのに攻撃を止めてしまうように仕向けることができます。


今回の論文では、最初にこの点を明らかにしています。

つまり、犬の前立腺癌の腫瘍組織内にはTregが浸潤して(呼び寄せられて)おり、腫瘍内のTregの数が多い症例のほうが少ない症例よりも生存期間が短く予後が悪いということを明らかにしました。



制御性T細胞の浸潤にはCCL17/CCR4経路が重要

では「敵」である腫瘍細胞は、どのようにしてTregを呼び寄せているのか?


その謎を解き明かすために、次世代シーケンサーとRNA-Seqという手法を用いて、犬の前立腺癌と正常な前立腺における遺伝子発現をすべて確認するという実験を行いました。


その結果、CCL17と呼ばれるケモカイン(CCR4と呼ばれる受容体を持っている細胞を呼び寄せる物質)が正常な前立腺と比べて前立腺癌では700倍以上に増加しているということがわかりました。

さらに、前立腺癌の腫瘍内に浸潤しているほとんどのTregがCCR4を発現していることも確認することができました。


この結果から、腫瘍細胞がCCL17と呼ばれるケモカインを大量に産生することで、その受容体であるCCR4を発現しているTregを呼び寄せているという腫瘍細胞の戦略が明らかになりました。



前立腺癌の犬にCCR4阻害剤を投与すると従来の治療よりも生存期間が約3倍に延長する

「敵」の戦略がわかれば、それを逆手にとって今度はこちらが攻める番です。


次に行ったのが、「敵」が採用しているCCL17/CCR4経路をブロックするということ。これによりTregの腫瘍内浸潤を抑えることで、弱まっていた免疫を再び活性化して腫瘍細胞を攻撃するように仕向けることができるはずです。


そこで使ったのがCCR4阻害剤であるモガムリズマブという薬。これは元々リンパ腫という血液の腫瘍に対する治療薬として開発された薬です。リンパ腫の腫瘍細胞のなかにはCCR4をたくさん発現しているタイプのものがあり、モガムリズマブは腫瘍細胞をダイレクトに攻撃する薬剤として開発されました。


今回行った獣医師主導臨床試験では、前立腺癌の犬を2つのグループに分け、1つは一般的に用いられるピロキシカムという薬剤を単独で投与し、もう1つのグループはモガムリズマブとピロキシカムを併用して投与しました。


その結果、モガムリズマブを投与したグループでは血液中および腫瘍組織中のTregが減少し、腫瘤体積の縮小や腫瘤内部の融解が認められました。


さらにモガムリズマブとピロキシカムを併用投与した試験群とピロキシカムを単独で投与したコントロール群で生存期間を比較したところ、コントロール群と比べてモガムリズマブを投与したグループでは生存期間が約3倍に延長しました。


本研究により、CCR4をターゲットとした「制御性T細胞を制御する治療戦略」が犬の前立腺癌に対する新しい免疫療法となることを獣医師主導臨床試験ではじめて示すことができました。



犬とヒトの前立腺癌では共通のメカニズム(CCL17/CCR4)が制御性T細胞の腫瘍内浸潤を起こしている

最後に、犬の前立腺癌で明らかになったメカニズムがヒトの前立腺癌でも共通して存在しているのかの検証にチャレンジしました。


まず犬とヒトの前立腺癌の遺伝子発現パターンを解析したところ、ヒト前立腺癌の一部の患者では犬の前立腺癌と類似した遺伝子発現パターンを有していることがわかりました。

一方で、犬とヒトの正常な前立腺ではまったく異なる遺伝子発現パターンが認められました。

この結果はとてもおもしろいと思っています。正常な状態では遺伝子発現が生物種の違い(犬とヒト)で大きく異なっているのに対して、腫瘍になると生物種の違いを超えて(=Beyond species!)遺伝子発現が類似することがある、、!

もしかしたら、腫瘍細胞の戦略はどの生物でも最終的には似てくるのかもしれません。


さらにヒトの前立腺癌患者の腫瘍組織においても犬と同様に多数のTregが観察され、腫瘍組織内に浸潤しているTregはCCR4を発現していました。

またヒトの前立腺癌において、CCL17を高発現している患者ではそうでない患者と比べて生存期間が短いことがわかりました。


以上の結果より、ヒト前立腺癌の一部の患者では犬と共通のメカニズムでTregの腫瘍内浸潤が引き起こされていることを示すことができました。


今後、ヒトの前立腺癌に対するCCR4阻害剤の臨床試験を実施することで、医学においても新たな免疫療法の誕生につながってくれれば望外の喜びです。









今回の論文では犬の病気から得られた知見を、幸運にもヒトの病気へとつなげることができました。


僕が理想としている「Beyond species」の研究をやり抜くことができて、本当にうれしいですし、感慨深い想いでいっぱいです。




ここまで到達することができたのは、以前書いたようなたくさんの幸運が重なった結果だと思っています。





自分の置かれている環境、志を共にするラボの仲間たちと先生方、一緒に喜びやかなしみを共有してきた研修医のみんな、症例を紹介していただいたホームドクターの先生、そして僕のことを信じて臨床試験に参加してくださったわんこたちと飼い主さん。



みなさまのおかげでこの研究をやり遂げることができました。




自分のまわりのすべてに感謝しています。





本当にありがとうございました。






さて、ひとしきり喜んだあとは、また明日から次のチャレンジをはじめます!






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