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執筆者の写真マエダシンゴ

点と線

2019.6.5



僕たちのグループがこれまで進めてきた「CLEAR project」の研究成果が、2019年6月にCancer Immunology Research誌の原著論文として発表されました。


この論文の要約はこちら、本文はこちらを参照してください。







この研究成果の8割以上は犬の臨床症例のデータです。

通常IF 10前後以上の雑誌に掲載される論文は、げっ歯類を使った詳細な解析やヒトのデータに基づいたものがほとんどを占めます。

IFが高いことがすべてではもちろんありませんが、今回犬のデータでこのようなIFの高い学術雑誌にアクセプトされたことはとても意義深いことだと思っています。

※注:IF(インパクトファクターの略)は学術雑誌の影響度をはかる指標のひとつ





今回の成果は、プロジェクトの立ち上げからわずか3年半たらずで基礎的な解析から臨床試験まで終了し、論文投稿までこぎつけることができました。


これはかなりのスピード感だと思います。




ここまでうまくプロジェクトが進んだのは、僕の能力が高いのではなく、さまざまな幸運に恵まれたためです。



振り返ると、大きく分けて5つの幸運に恵まれました。




1. 研究対象を犬の移行上皮癌(膀胱癌)に設定したこと

僕はこれまで、学部学生とポスドクのときにアレルギーの研究、大学院生の時に炎症性腸疾患という消化器疾患の研究をしていました。

ポスドクから現職に着任する際には、東大動物病院で消化器疾患の診療をさせてもらえるという条件だったのですが、人事の諸事情により泌尿器疾患を担当することになりました。

着任当初は、「話がちがう!」と不満もあったのですが、振り返ってみるとこれが1つめの僥倖でした。この診療科の変更がなければ、研究対象に移行上皮癌を選ぶことはきっとなかったと思います。

さらにこのプロジェクトを始めようとしたとき、ちょうど東大の獣医外科でも移行上皮癌の研究がスタートし、新しい術式(膀胱・尿道全摘術)を実施し始めたところだったため、腫瘍組織サンプルが数多く保存されていたのも研究を進めるうえで非常に幸運なことでした。



2. 制御性T細胞の浸潤メカニズムに着目したこと

今回の研究は、免疫を抑制する細胞である「制御性T細胞(Treg)」が腫瘍組織内に入り込み、癌細胞に対する免疫を抑えてしまうことで腫瘍の進行を促進するということを証明しました。癌の研究にはさまざまな切り口がありますが、今回Tregに着目したことも結果的に非常に幸運なことでした。

大学院の時に、炎症性腸疾患という病気ではTregの数が減ることで、免疫が暴走し慢性的な炎症が腸で起こっていることを明らかにしました。その経験と知識と技術があったため、スムーズにTregの研究を進めることができました。



3. プロジェクト構想時に大型の研究助成プログラムが創設されたこと

CLEAR projectを構想していたタイミングで、アニコムキャピタル株式会社から獣医療・ペット分野に特化した大型の研究助成プログラム「EVOLVE」が創設され、その採用第一号に選ばれたのも大きな幸運でした。

この研究資金がなければ、多額の費用がかかる次世代シーケンサー解析や臨床試験は実施することができなかったと思います。アニコムキャピタルの担当者の方には大変感謝しております。



4. Treg浸潤メカニズムがCCL17/CCR4経路であったこと

次世代シーケンサーという機械を使って移行上皮癌の遺伝子発現を網羅的に解析した結果、Tregの腫瘍内浸潤に重要な分子として同定されたのがCCL17というケモカインとその受容体であるCCR4でした。

この結果をはじめて目の当たりにしたとき、息をのみました。

なぜなら、学部学生のときにCCL17とCCR4の研究をしていたためです。当時は移行上皮癌とはまったく別のアトピー性皮膚炎というアレルギー性疾患でこれらの分子の役割を研究していましたが、そのときの仕事が10年の時を超えて現在の仕事につながった瞬間でした。学部学生時代の僕のメンターである前田貞俊先生は、犬におけるCCL17/CCR4研究の第一人者であり、これらの分子の機能解析に必要なリコンビナント蛋白や抗体試薬はすでに世の中に出回っていました。そのため、CCL17とCCR4がTregの腫瘍内浸潤に重要であることを証明する実験にすぐさま取り掛かることができたことも、とても大きな幸運でした。



5. ヒトのCCR4に対する抗体薬が犬でも使えたこと

CCR4阻害剤であるポテリジオ®という薬剤が、白血病やリンパ腫の治療薬として2012年より販売されており、このプロジェクトでCCR4が治療ターゲットとなる可能性を示した時点で購入することができました。解析を進めると、幸運にもヒト用に作られたこの薬剤が犬のCCR4にも作用することがわかり、スムーズに臨床試験に進むことができました。

この抗体薬が販売されてなかったり、犬には作用しなかったりしたら、自分でイチから抗体薬を作らなければならなかったため、臨床試験の開始は5年以上遅れることになっただろうと思います。ただし、この薬剤はヒト化抗体薬であるため、犬にとっては異物でありアレルギーを起こしたり、連続投与していると効きにくくなったりする可能性があります。そのため、犬用の抗体薬の開発が今後の目標です。






このようなたくさんの幸運に恵まれ、そして今までの研究の経験がひとつにつながり、今回の成果を得ることができました。

特に10年前の仕事が今の仕事とつながった瞬間は、まさに「運命」を感じるような体験でした。



バラバラだった点(自分の経験)があるとき不意につながり、線となって現れる。




スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学で行ったスピーチの中の名言

Connecting the dots.

を身をもって体感した瞬間でした。




この貴重な経験を通して感じたのは、とにかく今やっていることを一生懸命やること。




現時点ではコレに意味があるのか?と思うようなことでも、いつかどこかで点と点がつながり、線になるときがやってくる。




あのときやっていたことが、ここで生きてくるんだ。という瞬間がきっとくる。

すべての点がつながるわけじゃないかもしれない。

でも、どの点がどこでつながって線となるのかは誰にもわからない。

だったら、いつかどこかでつながる可能性を信じて自分の中にたくさんの点を打ち続ける。




過去を嘆くのでも、未来を悲観するのでもなく、「今」に集中する。





それが大事なんだと思いました。








これからもたくさんの点を自分の中に打ち続けようと思います。





いつか、どこかで、思わぬ形で点と点がつながる。

そんなセレンディピティを夢見て。






本研究をやりきることができたのは、東京大学附属動物医療センターの先生方、研修医・スタッフのみなさま、そして僕の研究を信じて臨床試験に参加してくださった症例のオーナーのみなさまのおかげです。


本当にありがとうございました。







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